自主法政祭 市ヶ谷地区@法政大学

自主法政祭は、学生によって日常的に展開される様々なサークル及び研究活動の年間最大集約点として存在している。それぞれ主体である法大生が自発的に文化を創造し、それが集まり総体となって構成される祭である。そしてその祭は法大生が掲げる理念の上に成り立っている。よって自主法政祭の成功という概念を満たすには、法大生自身が掲げる理念の体現が不可欠であると考える。 ここで注目しなければならないのは、祭を構成する理念の一つに相互保障という概念が存在することである。自主法政祭は法大生が日々の諸活動を発表する企画を行い、学内外からの多くの参加者による批判・検証を通して、自らの活動を再確認して更に豊かなものへと昇華させていく場である。学内において、その企画実行を保障する理念が相互保障である。しかし近年その相互保障という理念の希薄化が叫ばれている。ではこの相互保障が希薄化した現在の状況は、真に自主法政祭といえるのであろうか。 総体としての自主法政祭は、その性質上、飲酒事故・騒音発生・差別事件など様々な問題の要因を孕んでいる。具体的には「理念と諸問題」に記述されている通りであるが、自らの企画に固執するあまりに周囲の状況や自主法政祭全体に対する意識に欠ける団体が存在している事は、否定できない現実である。そして自主法政祭を行い続けるためには、これらの可能性を常に考えた上でそれぞれの主体が責任を受け止め問題解決への努力をしていく必要があるのだ。よって祭を構成する主体である以上、我々は自主法政祭をそれたらしめるために「理念の希薄化」という問題の解決を実践していかねばならないのである。 そしてその根本解決は「相互検証」という言葉の中に存在しうるのではないだろうか。自主法政祭を構成する全ての主体は、企画を行うだけでなく、他に行われている様々な企画、更には実行委や警備局など、自主法政祭を構成する「全て」の検証を行うことの意義を今一度確認しなければならない。そもそも保障とは他人への理解なしに存在出来るものではない。他者の文化を検証し、その文化への理解を深める行為なくして他者の企画を保障することなど出来ないのではないか、ということを提言する。結論として、自主法政祭を行う上でその主体や企画が外部への接触を怠って自己満足にとどまってしまっていては、どのような具体策をとっていたとしても、その理念である相互保障も真なる意味では体現することは出来ないのである。自主法政祭は多摩‐市ヶ谷の地理的分断を乗り越え、更にはサークルやゼミといった枠組みを超えて、法大生としての文化を相互に確認し、独善に陥ることを防ぎ、高めあえる、その貴重な相互検証の場であるべきだ。他者への関心、相互検証こそが相互保障を成立させるのである。 そして行われる祭は、自主文化ならびにそれらを創出する主体を、確かに昇華するということを宣言する。自主文化とは、他人の目に触れ検証されて始めて自主文化に発展することが出来るものである。現在、法政大学は学友会再編や自主法政祭に対する様々な規制など、状況が日々大きく変容している。その様な不確かな状況における自主法政祭だからこそ、祭を構成する主体それぞれが「相互検証」という根本的概念を実践し、お互いの文化を認め合うことが、この困難な状況を乗り越える重要な要素であるかもしれない。現に自主法政祭の歴史においても自主法政祭市ヶ谷‐多摩両地区の相互検証を学生が望むからこそ全学性という概念が存在し続けるのである。(近年の様々な変化における両地区の具体的関係性については理念と諸問題参照) ―「自主法政祭」という言葉の中に我々は一体何を見出すべきなのであろうか。第61回自主法政祭において、「相互検証」という行為を改めて意識的に実践することによって発生する法大生の「祭への想い」は、自主法政祭をただの「お祭騒ぎ」に留まらせる事は決してないはずである。そして創り上げられる自主法政祭が、法政大学において更なる自主文化を創出していかないはずがないことを確信している。以上を基調とし、第61回自主法政祭、元気にいきましょう!

  • 交通手段:
  • JR飯田橋駅から徒歩約10分   もしくは  JR市ヶ谷駅から徒歩約10分
  • 住所:
  • 東京都町田市相原町4342
  • タグ一覧: